ゴドーを待ちながら〜人は道々て…

さぁさぁ『ゴドーを待ちながら』の稽古とその事を考える日々が続いています。

先日、FaceBookにて私はこんな文章を書きました。
「僕は大学の頃パフォーマンスというものを表現方法として用いていました。そして今、演劇という分野にいます。そこでこの『ゴドーを待ちながら』という台本に出会いました。僕がかつて作品を作り続ける中で、何を渇望していたのか、その事が書かれている様でビックリしました。」
多少酔っぱらった勢いで書いた気もしますが、改めてこの事を考えてみます。

『ゴドーを待ちながら』という台本を読んだところで、自分が渇望していた問題に対して実際に何か答えがあったワケではありません。
しかし読みながら自分のパフォーマンス作品『人は道々て』をやっていた時を思い出しました。

このパフォーマンスは物語の展開を排除して、とにかく何かしてみて時間を潰してみようと試みたパフォーマンスです。
もう少し青臭い事を述べると、自分の人生がパフォーマンスとして成立するものかどうかを考えてみたものです。

一応、鉄の台車を引く、格子の家を建てる、家から出る、といった行為の手掛かりはありますが、予め決めた物語の展開を追うものではありません。
とくに家を建てて中でボーッと座っている時は、本当にボーでした。
でもやっぱりずっとボーッとしているのは時間が経たずに辛くて、家から出るといった行為に移ります。
「家から出る=何かする」というザックリした思いがあったので、絶えず動くことにしました。
最初は動ける事が楽しいんですが、いつこのパフォーマンスを終える決めていないだけに、やはり動いて時間を潰すのも徐々に辛くなってくるものです。
そうすると何のためにこのパフォーマンスをやってるのか、分からなくなってきます。
だからといって「このまま終わっていいものだろうか」という自問自答の繰り返しが始まります。
そういった事を悶々としながら時間が過ぎていった気がします。

やはりまだ文章に整理が付きませんでした。
今回の『ゴドーを待ちながら』と共に再び考えてみたいと思います。

『人は道々て』の動画をアップしています。
よろしければこちら
*32分41秒ありますが、物語の展開は特にありません。

もし『ゴドーを待ちながら』も気になりましたら、是非劇場にてご覧ください。
チケット申し込みはこちらか、問い合わせフォームにても承っております。

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